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今日はかぐや姫まつりで、昨年と同じように史跡案内をしていて、今年は牧野古墳(ばくやこふん)の石室と巣山古墳の公開をしていました。
案内されていくのも楽しかったから興味があったけど、時間がかかっちゃうので今年はやめておきました。
巣山古墳も入れるっていっても墳墓の上を歩けるだけだし、行ったことあるのでまあいいかなって。

牧野古墳は少し前に読んだ本に名前が出てきたりしていて、気になっていたのでv
こんもり小山のようになっている円墳で、階段を少し上がった所に石室への入り口があります。
IMG_3127.JPG
普段は施錠されていて入ることができません。
柵の間から中を覗いたことはあるんですけどね~。
案内の男性2人がいて、一緒に入りました。あ、旦那もいた。
入り口を入ってすぐに玄室だと思っていたんだけど、羨道は2人並んで立って歩けるぐらいの高さと幅があって、奥行きも長い。
玄室も合わせると、奥行きは17メートルほどあるそうです。
明かりが、案内の男性が持っていたものすっごい光の頼りない懐中電灯だけだったので、中ははっきりと見えなかったんですが、玄室も広くて、光が届かなかったけれど天井は5メートルほどあるのだとか。
石舞台に並ぶぐらいの規模だそうです。
古墳の作り方も説明してくださったんですけど、まず1段目の石を並べて、それから周りを土で埋めて、また上の段の石を並べて、また周りを土で埋めて、それを繰り返したあと、土を取り除くのだそうです。
知恵だなあ。

そして玄室の奥には石棺がひとつ。
盗掘で壊れていたのだそうですけど、組み立てたとか。
盗掘されてもなお、多くの豪華な副葬品があったそうです。
埋葬されていたのは押坂彦大兄皇子(敏達天皇の息子、舒明天皇の父)と言われているそうです。

予想外に規模が大きかったのでびっくりでした。
今度公開されるときは自分で明かりを持って行こう。ちゃんと見たい。

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