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昨日の続きですが、古墳の現地説明会に行ってから、このあとどうしうようかってなって、まずは甘樫丘へ。
母上が行ってみたいって前から言っていたので。
川原展望台のほうに駐車場があるので、そこにとめて、川原展望台へ。
暑いしヨガで足がだるだるだったので、結構疲れました。
でも、せっかくだからと甘樫丘展望台まで足を伸ばしました。
両方を比べてみたら、甘樫丘展望台のほうが景色がいいですね。
たぶん飛鳥寺からだろうけど、鐘の音がいい感じ。
それから、畝火山口神社へ。
1600年代の燈籠があるとか何かで読んで、それが見てみたくて行ったはずなのに、燈籠のことをすっかりわすれているのを、たった今思い出しました。
まあ、そんなもん。
畝傍山の西麓にあるんですが、場所がわかりにくくて、たいがいの地図には載ってないし、携帯から呼び出したものを頼りに彷徨いつつなんとか。
見つけた案内表示の矢印も、めっちゃ曖昧な場所にあって騙されたんですよね~。
民家を抜けた先に燈籠と鳥居を見つけて、なんかホッとしました。
住宅地の中で見つけた看板には、『おむねやま神社』って書いてあったので、「うねびやまぐち神社」じゃないのかよ! とびっくり。
鳥居脇の説明書きの中で”お峯山”ってあったので、そこからきたんでしょうね。
もとは畝傍山の中腹にあって、頂上に遷宮されたりしたこともあったけど、昭和になってから今の場所に落ち着いたようです。
神武天皇陵を見下ろすのが不敬だという理由だそうですが、神武天皇陵は地元の学生が盛り土しただけって話を聞いたので、母上と微妙だよね(苦笑)
拝殿。
境内は広いです。
祓戸社が樹木だった。
他にもちっちゃな境内社がいくつもありました。
あと、すっごいあからさまな陰陽石があった。
お馬さんと本殿、ちょびっとだけ。
神社の紋が揚羽蝶でした。
近鉄飛鳥駅の東側歩いて15分くらいの場所にあって、駅の近くに駐車して行きました。
説明の矢印に従って進んでゆくとテントがあって、資料の配布や食べ物、飲み物の販売をやってました。
さらに進んでゆくと、列が登場。
これは少し進んでからのものだけど、写真真ん中辺りの小高くなっている部分の上にあるのが古墳で、道の先に小さく見えるのが人の列です。
陽射しがきついので日向部分は途切れているのでした。私たちは手前の日陰の行列に。
結局1時間ほど並んだんじゃないかな~。
私たちの前にいた方は岡山から見に来られたそうで、すごいなあと感心。
説明会は昨日も行われていて、昨日は約3,000人が訪れたそうだけど、今日は昨日よりもずっと多くの人が訪れているそうです。
係員さんも予想外だったと仰ってましたが。
墳丘の上までは、簡易で階段が取り付けてあって、係員さんの誘導でゆっくりと進みます。
石室入り口正面から。
写真外右手に、「史蹟牽牛子古墳」と書かれた碑が建っています。
石室入り口の切石のなめらかさもすごいけど、上に生えてる切り株もすごいよね、と母上と話してました。
ちょっとわかりにくいけど、石室内部。
二室に分かれていて、それぞれに棺が置かれていたんでしょうね。
くるりと回っていくと、石室入り口から見て裏側に当たる場所が、今回発掘されて新聞記事などにも載っていた場所です。
ちょっと日光の反射で見にくいけど、写真左端辺りの凝灰岩の敷石の角度から、八角形墳だと判明したことが、斉明天皇陵だと確定できるのに決定的になったようですね。
この敷石も見事でした。
石室裏側の石組みが崩れているのは、盗掘のあとのようです。
いや、楽しかったです。
道を間違えてなにやら遠回りをしつつも、目的地に到着。
前の道を通ったことしかなかったので、鳥居を潜ったらすぐに神社があるもんだと思ったら、どっこい集落という。
とりあえず車をとめて(適当な場所にとめてごめんなさい)、奥へ向かったものの、普通に住宅でどうなってるんだと焦りました。
てけてけっと走ってるうちにらしき感じに。
公園があって、不動明王っぽいのとかカエルが。
旗に歌が書かれていて、カエルがどうとか。
像は、柿本人麻呂です。
遺骨を葬ったのが今の歌塚だそうで、写真左手奥辺りにあるのだと思うのですが。
公園のお掃除をしているおじいさんたちがいらっしゃったので、そそくさと立ち去りました。
さらに奥に進んで、ようやく 矢印を見て鳥居があったので、到着かと思いきや、そうでなくてさらに左方向へ。
ちょこちょこっと進むと、長い石段が現れました。
ようやく拝殿。裏側に本殿です。
大きい。
拝殿には駒牛ちゃん。
牛頭だから…?
鳥居を潜らず奥へ行くと、柿本寺跡に辿り着きます。
写真真ん中の石は、石室の天井石だそうな。
和爾下神社古墳という説明書きを手前で見ましたが、東大寺古墳群の一角になるそうで、和爾氏の奥津城と考えられているとか。
西名阪自動車道の天理入り口付近にある和爾下神社なのですが、天理インターを目指していたはずなのにウッカリ郡山インターに着いちゃったという、方向音痴というかアバウトにしか道を覚えない私のミラクル。
失敗の結果だったけれど、24号線の横田という交差点で天理方面(北)へ曲り、住宅地へ入ったところで、なんか由緒ありげな神社に遭遇。
って、ここも和爾下神社なんですけど!
ミラクルというかなんというか、これだからカーナビの無いアナログな地図での放浪がやめられないというか。
本来目指していた和爾下神社はここの北にあって、そっちの方が大きかったので子分みたいな?
でも、写真では読めませんが、「式内」と書かれています。
主祭神は素盞嗚命、燈籠には牛頭天王と書かれていました。
なんかちんくしゃな感じもするんですが、味がある狛犬ちゃん。
拝殿&本殿。
囲むようにお社が並んでいました。
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